仕事の関係で杉並区の区役所近くで写真を撮ることになった。新しい歴史教科書 採択を巡って全国から
当時仕事の関係で杉並区の区役所近くで写真を撮ることになった
普通なら文教地区で特に問題ない場所なんだが、その頃は新しい歴史教科書
採択を巡って全国から色々な思想を持つ連中が集まって来ていた
外見が危ない人・なんか文字が書いたヘルメット被っている人
えらの張った顔の人などでいっぱいだった
またそういた連中を挑発するために来ている人もいて区役所周辺は無茶苦茶
緊張感があった
一触即発と云った感じだろうか
と、区役所をぐるりと取り囲んでいる連中から突然カメラを取られかけた
「何を撮っているんだよ」
「仕事でこの建築物の…」
「うるさい、俺らを撮るな、肖像権侵害だ。
「いや、仕事って云っているでしょ。」
「そんなわけあるか。肖像権が…」
こんな感じの会話になり説明を一切聞いてくれない
そうこうしている内にえら軍団が騒ぎを聞きつけて集まってきたので諦めて
会社に戻ろうとしたら一人の「えら男」が後をついてくる
もしかして中核などにターゲットにされた?
割と洒落にならない事態
そのまま会社に帰る訳に行かない
会社までついて来られたら問題だ
仕方ないので丸の内線から色々と乗換乗換してもずっとついてくる
こちらから「何か用ですか」と聞いても聞こえないふりをするのに乗り換え
はずっとついてくる
こういうやつはやたら忍耐力あるから乗り換えだけなら終電までついてくる
可能性があるので何か方法が無いか必死になって考えた
走って逃げる→メタボの俺には無理 戦う→メタボな俺には無理
人ごみをすり抜ける→メタボ(以下略 店に入り裏口から出る→メ(以下略
運良くというか悪くというか当時の彼女(その後振られたw)の友達に赤坂見附駅で
出会い、状況を説明したら、その子がつかつかとえら男に近づき手を取ると大きな声で
「きゃー」と一声
その瞬間えら男はダッシュで逃げた
声を聞きつけて何事かと人が集まってきたがその子は何も無かったかのように立ち去った
後日なぜか彼女とその子二人に中華料理を奢る羽目になったが俺の心の中で尾行されている間
結構な修羅場だった
警察署に逃げ込むという手もあるかな。
やっぱり警察のスパイだという事になって後日さらに修羅場を迎えることになりそうだが・・・・www
想像力ねえなお前は。
いるじゃん、と思ってたら奥から母親が出てきて私に向かって「まぁどちら様?」と
目の前にいる私と父をそうと認識できなくなってた
どうしていいのか分からず「この人(父)は身の回りのお世話を手伝ってくれる○○さんよ。私は娘さんの代わりに様子を見に来た××よ」と無理やり誤魔化した
それから何年も父は「誰?」「初めまして、お世話係の○○ですよ」「まぁ、夫と同じ名前。そういえば○○さんはどこ?」「出掛ける用事があるみたいですよ」
という会話を毎朝し続けた。途中からは実家に戻った私もそのやりとりに加わった
基本母は穏やかで、平和に介護をしていられたけど、毎日寂しそうに「夫と娘はどこかしら」と言うのでそれを誤魔化すのだけが辛かった
「あなたは私の娘によく似ているわ。あの子もこんな風に育つのかしら」と言われた日は干からびるほど泣いた
私があなたの娘だよと言いそうになるのを口の中を噛んで堪えた
母の1周忌を終え、発覚した時は修羅場だったなぁと思ったので書き込み
母は明け方寝ている間に亡くなったが、その夜12時頃珍しく寝言を言っていて、何を言ってるのか耳を寄せてみたら「○○さん、××、○○さん、××…」と私と父の名前を呼び続けていたのを思い出すと今でも泣けてくる
夢の中でくらい私と父に会えていたのなら良かったんだけどなぁ
偽った
お母さんがボケて娘本人に娘に似てるとか言い出した話でしょ?
悲しいね
泣けて来たわ
でも私だったら、私が○○よ!って言っちゃうな
残酷なこと言うようだが、別の世界に生きてる人間なんだということを認識しとかないとこっちが潰れるよ。
金貰って決められた時間だけ相手すればいい立場に居てもキツイ時があるし
肉親で24時間ずっと見とかなけりゃいかん立場の人間の思いは察するに余りある。
お疲れ様でした
父ちゃんとともに「自分が夫&娘です」っていう流れを作らなかったのかなあ。
話しの流れで確認調じゃなくて自然に娘として夫として会話している間に
本人も娘や夫と認識できる瞬間もあったろうに・・・・その一瞬もなかったのかなあ
夫と娘がいるって記憶は残ったけど
目の前の人間が夫と娘って記憶はなくなっちゃったんだから
自分が娘ですって言っても不安にさせるだけじゃないか?
本人にしてみたら見知らぬ他人が突然娘ですって名乗るようなもんだ
母がそうなって実感しました
話が噛み合わないこともあるし、どれだけ頑張っても翌日にはその記憶はリセットされているので、最初の頃は毎朝期待してはがっかりする日々でした
母は比較的症状が軽い方だったのでまだ良かったですが、徘徊や暴力等があったら私も耐えられなかったかもしれません
>>387
最初は私と父を目の前に「あなたは誰?夫や娘は?」と聞いてくる母親に対してパニックになり、咄嗟に嘘をつきました
その後も名乗らなかったのは、母が私たちを家族として見る様子が見られなかった(基本常に他人行儀)ので母を混乱させないためということと、
名乗った時に「あなたは私の娘(父)じゃない」とはっきり言われてしまうかもしれない、ということが怖かったからです
最初の頃、母の調子が良さそうな日の朝に「あなたは誰?」と聞かれたので私と父が「この顔に見覚えはありませんか?」と聞いてみたら、母は不思議そうな顔をしました
もしもはっきりと「娘(夫)ではない」と言われてしまったら、その後もきちんと介護ができる自信がない、と父と話し合い、名乗ることはやめました
情けない話ですが、父も私も現実から目をそらして母と接していました
本当にお疲れ様でした
真実がいつも正しいわけではないと思う
真実が不幸をよぶなら、嘘でほんの少しの幸せと
心の安定を求めても、それはきっと必要なものだったんだよ
お疲れさまです
ただケアマネに相談しました?
専門家と相談しました?
いつの時代なら認識するか確認しませんでした?
この手のは家族で抱えるより専門家と相談した方がいい場合多いですよ
フロム 訪問看護師より
引用元: ・今までにあった修羅場を語れ 30話目
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